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EU3 IN (ヨーロッパ・ユニバーサリスIIIイン・ノミネ) イングランドAAR 24 
カテゴリ : EU3

決別の時


前回の続き

16世紀も中盤に差しかかろうかという頃、かつて強国であったポルトガルやアヴィニョン、ハンガリーが没落し、代わりにオスマンやスウェーデンといった国々がオーストリア、ブルゴーニュの後に続くようになった。
そのような中、最大の領土を持つイギリスは1548年、ミュンスター大司教領に宣戦布告を行い、再び欧州方面での領土拡大に乗り出した。


戦況


かつて強国の一角を占めていたアヴィニョンももはや残るは6プロヴィンスを残すのみとなった。この戦争が終わる頃にはもはや滅亡を待つだけの小国に成り下がるだろう。


アヴィニョンの精一杯の抵抗も、無駄な結果に終わった。
軍事8の能力を持つフレデリック1世ウィリアムは我が国初の白兵戦6の保持者。使い勝手がすごくいいな。ただしパラメタ的にはマウリッツ歩兵は銃撃の方が能力値が高いので、そろそろ白兵よりも射撃の方が影響力大きくなってきてるのかも。


植民地を抱える国同士の戦争になると、戦場は一箇所だけとは限らなくなる。
アヴィニョン方面では敵無しのイギリス軍であったが、コンゴ沿岸のイギリス領ルアンダ植民地は残念ながら放棄するしかない。
ルアンダを取り囲むように広がるオーストリア領コンゴ植民地には1万四千もの兵が駐留していた。


とは言え全体的には圧勝ムードだ。
うーんやっぱりここ最近はオーストリアよりもブルゴーニュの方が優勢だな。


翌1549年には終戦。和平交渉でアヴィニョンはその大半の領土を失い、2プロヴィンスのみがその支配下に留まることとなった。
ミュンスターももちろん併合した。

この後、敵側盟主オーストリアとも和平。チロルをオーストリアから独立させた。
この国はかつて一度オーストリアから独立しているのだが、その後すぐに併合されてしまったので今回で2度目の独立となる。

新たな対立関係

この戦争の結果、イギリスはフランス地方の半分ほどをその支配下に納めることとなった。ヨーロッパだけに限って見ても、かつてのアンジュー帝国を凌ぐ勢力範囲と言えるだろう。

しかし、このことは周囲に新たな緊張関係を発生させる原因となってしまったようだ。


1550年、ブルゴーニュが我がイギリスとの同盟を破棄した。

!!!!!

という感じでびっくりしたのだが、さらにその翌月、追い打ちを掛けるように我が国に対して交易禁止令を発令。

・・・

この時は、さすがにやばいと思った。
いま宣戦布告されたら、
イギリス(ヨーロッパにいる兵力5万)+ポルトガル(財政破綻後は兵力5000未満)+アラゴン(大半の部隊がマラッカにむけて陸路を移動中)
という陣容で
ブルゴーニュ(10万)+スウェーデン(3万)+ボヘミア(3万)
を相手にしなければならなくなるワケで、さすがにこれはまずいだろと思った。

しかし幸いなことに、ブルゴーニュはイギリスが与えた通行許可までは返上してはこなかった。宣戦布告の前にはかならず通行許可を返上してくるはずなので(通行許可を得たまま宣戦布告すると安定度-5だから)、まだ猶予はあるってことだ。

とはいえ、これでイギリスがブルゴーニュの仮想敵国入りしてしまったことは間違いないだろう。アヴィニョンが弱体化したことでイギリスを新たな脅威として捉えるようになったのだと思う。

戦後

1551年、統治技術が20となりプロヴィンス施設の按察署が建設可能になる。年初の現金収入をアップさせる重要施設だ。早速基本税の高いプロヴィンスから順次建設していく。

1556年、カスティーリャがジャマイカに交易中心地を建設。
イギリスが領有する南米リマと中米メキシコのCoTの商圏をごっそり持って行きやがったので、対抗策として小アンティル諸島のマルティーニクにCoTを建設した。
そしたら今度はまたカスティーリャが南米の北端に位置するエセキボにCoTを建設。何だこのシーソーゲームは。

各商圏の勢力図


1556年10月、ノルウェーからアイスランドの2プロヴィンスがイングランドとして独立

な・・・何じゃこりゃ!?
摩訶不思議すぎるぞ。

まあ仕組みとしてはこういうことだろう。

ここはかつてイングランド時代に植民をした場所。植民後、50年が過ぎてイングランドの中核州となったのだが、後にイングランドがイギリスになっても、"イングランドの中核州"というところは変わらなかったのだ(この回のカナリヤ諸島と同じ状態)。
そしてイギリス建国後しばらくたってからノルウェーに売り払った。経済的な価値があまりなかったからね。
ところがこの時点でナショナリズムが発生。何度か鎮圧したものの、本国がスウェーデンに攻められて弱体化したノルウェーはついに反乱軍を押さえきれなくなって、この2プロヴィンスを中核州として持つイングランドが独立したというわけだ。

それにしても・・・我がイギリスの目と鼻の先でその国名を名乗ってただで済むと思っているのだろうか?これだけで立派な開戦理由になりそうだな。

次回へ続く
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