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EU3 IN (ヨーロッパ・ユニバーサリスIIIイン・ノミネ) イングランドAAR 22 
カテゴリ : EU3

カトリックとの対決


前回の続き

ヨーロッパ諸国の征服活動が東南アジアに及び始めた1520年代。イギリスも交易の要地マラッカを獲得した。内政面では管理君主制を採用し、封建国家からの脱却を図りつつあった。


新君主の即位

管理君主制に移行した翌月、新たな国王オクタヴィウス1世が即位した。

しかしオクタヴィウス1世の治世は短く、わずか2年で崩御してしまう。

その後に即位したのはジョージ2世。

むう・・・これは、結構ダメ君主だな。

植民、宗教、そして他国の状況

1529年、沖縄が中核州となり、東南アジア全域への植民が可能になった。以後、少しずつではあるがこの方面にも植民を行っていく。プロテスタントを国教にしてから植民者が増えるペースがぐっと下がったのがつらいところ。


また、前回アチェからスラバヤ島のプロヴィンスを得たアラゴンが、この頃から頻繁に東南アジア国家に宣戦布告するようになる。何度も援軍要請が来るので正直言ってうっとおしい。
アラゴンは陸路で軍隊をマレー半島にまで移動させようとするので、これ以後、アラゴン軍の大半はいつもユーラシア大陸を移動中となってしまい、本国にも戦地にもほとんど兵力が存在しないという状態になってしまう。マジでやめて欲しいんだがこんなバカな事は。


オーストリアもヨーロッパ外へ進出。
アフリカ南西部、コンゴを滅ぼしてその全土を支配下に置いたようだ。


宗教の状況。イギリスはプロテスタント国家ではあるが、まだカトリックの州が多い。
一方、ブルゴーニュやスウェーデン、ボヘミアなどのプロテスタント国家はほぼ全ての自国プロヴィンスの改宗を完了させている。
改革派はドイツ中央部やポーランドに多いようだ。改革派とプロテスタントの色が似すぎてて区別つけにくいのは何とかして欲しいんだけどなぁ。


宗教改革開始以降、「宗教的少数派の移住」イベントがものすごい頻度で発生します。
都市まで成長しきっていない植民地に宗教的少数派が移住し、人口の大幅な増加(+400人)と引き替えに、プロヴィンスの宗教が自国の国教以外の宗教に変えられてしまいます。

頻度が高すぎるので、基本的に宗教改革以後に植民を始めたプロヴィンスはすべてこのイベントが発生して宗教が変えられてしまう感じです。
イギリスの場合は大半が改革派になってますが、カスティーリャ、ポルトガルの植民地はほとんどプロテスタントって感じですね。

そうなると、

やはり国教と異なるプロヴィンスでは反乱が発生しやすくなる。
祭りというほど反乱軍は発生していないのだが、財務基盤が脆弱でそれすら押さえられないポルトガル領はどんどんプロテスタント狂信者に占領されている。
狂信者の反乱軍に占領されたプロヴィンスは強制的に宗教を狂信者の信仰する宗教に変更されるので、ポルトガル領は宗教改革以前の植民地も軒並みプロテスタントか改革派になってる。
カスティーリャはそこまでひどくはなっていない。

1530年にはイギリスの北米植民地が原住民国家イロコイ領と接したため、宣戦布告してプロヴィンス6つほどを奪った。ちょうど1つ前の画像における左下にある赤い領土部分がイロコイからイギリスが奪った土地だ。ほとんどのプロヴィンスで価格の高い毛皮が産出されるのでなかなか魅力的な土地ではある。

久々の欧州戦

1530年、同盟国ブルゴーニュがイタリア中部の国フェッラーラに宣戦布告した。

イギリスも参戦要請に応え、宣戦布告する。
敵陣営の盟主は皇帝輩出国オーストリアである。

■ブルゴーニュ陣営
ブルゴーニュ(9万5千)、イギリス(6万5千)、ボヘミア(3万)、ナポリ

■オーストリア陣営
オーストリア(8万5千)、教皇領、フェッラーラ、アヴィニョン、ヴェネツィア、ボスニア

2万5千以上の兵力を抱える国にはカッコで兵力を入れた。

ブルゴーニュ、イギリス、ボヘミアはプロテスタント国家の中で上位3つを占める国であるため、ある意味これはプロテスタントとカトリック間の宗教戦争と言えるかもしれない。

戦争の経過

今回は兵力面でもかなり優位な状況。イギリスは領土的野心を隠しもせず、これ幸いとアヴィニョン領になだれ込みます。

もはやアヴィニョンに我が軍に抵抗する力は残っていなかった。次々とプロヴィンスを占領していく。


とは言っても、戦勝ポイントに寄与してるのはほとんど海上封鎖なんですけどね。はっきり言って効果デカすぎです。
ホント、海軍力が圧倒的だと楽だなぁ。
戦勝ポイントが稼げるってのもあるし、それに敵海軍を殲滅させるのって結構相手国に経済的打撃を与えるんですよね。兵力は人的資源があれば回復するけど、船は造り直さなきゃならないから。

まあそんな感じで、今回は相手にオーストリアがいるとは言え、楽勝ムードで進む。しかもハンガリーがこの機に乗じてオーストリアに宣戦布告。多分返り討ちに遭うだろうけど、オーストリアとしてもつらい展開。
そして和平交渉。

敵側盟主のオーストリアとの個別和平で、イギリスが占領しているアヴィニョンの領土メーヌとオルレアネを割譲させる。これでアヴィニョンの勢力はフランス北部から駆逐された。


翌1532年にはブルゴーニュとオーストリアも和平。オーストリアがイタリアと南仏のプロヴィンス2つをブルゴーニュに割譲したようだ。
ブルゴーニュはフェッラーラからも個別和平で領土を獲得していたため、イタリア方面で大きく勢力を拡大する結果となり、これまでほぼ互角の力を持っていたブルゴーニュとオーストリアのパワーバランスが、ここへ来て遂に崩れる結果となった。

次回へ続く
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