ぐらもゲーム日記

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EU3 IN (ヨーロッパ・ユニバーサリスIIIイン・ノミネ) イングランドAAR 20 
カテゴリ : EU3

アヴィニョン侵略戦争


前回の続き

隣国ブルゴーニュにつられてプロテスタント国家になったイギリス。湧き上がる反乱軍を叩いていてまわる5年間を過ごした後、ようやく国政が安定してきました。


改宗後の状況


安定度が3になってすぐ、生産技術が上がり(改宗前の時点であと少しというところだった)、生産効率が50%を越えた。

「生産効率50%+統一的交易方針」の条件を満たしたことで国家の施策方針「輸入法」が可決可能になるが、効果が微妙な気がする。
収入の大部分をつぎ込むことになる技術費用が6%もアップするのに、収入のごく一部でしかない交易収入だけが6%向上では割に合わないと思うんだが・・・

結局、この施策方針は採用せず放置することにした。

1514年、陸軍技術が13になり、歩兵をランツクネヒト歩兵にアップグレードした。
陸軍に限らず、どの技術もレベル12から15くらいまでの間は一種のブレイクスルー状態になっているようで、この間は次のレベルまでの必要投資が少なく、一気にレベルが上がるようになっている。

次は国外の話題。
1517年、これは・・・

オスマン帝国がビザンティン帝国からトラキアのプロヴィンスを獲得。つまり、遂にコンスタンティノープルがオスマンの手に渡ったということである。ビザンティンがアテネに遷都していたため、トラキアが首都ではなく割譲可能な状態になっていたからこその展開だ。

その後、オスマン帝国は奪取したばかりのトラキアに遷都した。

何らかのイベント効果があるらしく、たぶんこのイベントでトラキアからギリシアのあたりまでがオスマン帝国の中核州になったように見える。

ちなみにこのときのオスマンの君主は。

メフメト2世。
君主はランダムにしてるので偶然だと思うが、なかなか盛り上がる展開だ。
能力値もオール9。うらやましいものである。

アヴィニョン侵攻

1517年7月、ついに準備は整った!

半世紀以上も中断状態にあるアヴィニョン侵攻を再開するぞ!
1500年以来戦争を行っていないので、悪評値ことbadboyポイントも0にまで下がった。今回は開戦理由のほうも抜かりはない。

ブリテン島の北に浮かぶオークニー諸島。
ここはゲーム開始時からずっとノルウェー領だったのだが、イングランドからイギリスになる際のイベントでここはイギリスの中核州になるのだ。

なので、ノルウェーに対する宣戦布告では大義名分に関する安定度ペナルティを受けない。

そしてノルウェーをダシにしてその同盟国アヴィニョンを攻める算段なのであった。


開戦後はブルゴーニュに先を越されないよう、アヴィニョン全土へ一斉に攻勢を掛ける。とりあえずブルゴーニュ軍より先に都市を攻囲下に置くことが目的なので、ほとんどが1連隊で構成された1000兵の部隊である。
これらの攻囲部隊が攻撃をうけないように、フランス南部から北上してくるであろうアヴィニョン軍2万7千は画像内、円で囲ったリムーザンで主力軍が待ち受ける。アヴィニョン軍が北上するには必ずここを通るはずだ。

とまあ、ここまでは良かったのだが、この主力軍が負けてしまうのである

兵力が足りなかった。
1万3000程度の軍団2つを運用してくるだろうと思っていたのだが、総軍で動いてきやがった。

追撃戦を受けているところにブルゴーニュ軍が割って入ってくれたが、危ないところでした。
もうちょっと兵力を用意しておくべきだったと反省。

この後は、アヴィニョンの敗残兵をブルゴーニュ軍といっしょに追いかけまわしたり攻囲戦を継続したりして、アヴィニョン戦線はほぼ決着が付く。

敵側の同盟国として参戦してきたヘルダーランドはイギリスが大陸側に保有するユトレヒトとドイツ諸都市をつなぐ位置にある1プロヴィンス国家。
この戦線は当初防衛兵力ゼロだったので、ある程度の侵攻を受けたが、アヴィニョン戦線が安定してから奪回に向かい、その勢いで首都ゲーレも占領し、ヘルダーランドを併合した。

そもそもの発端となったノルウェーのオークニー諸島も、このままいけば1530年代にはイギリスの中核州ではなくなってしまうため占領しておく。中核州ではなくなるのはそのプロヴィンスを失ってから50年だが、これは領有だけでなく占領も対象に入るので、一旦占領しておけばあと50年は中核州でいてくれる。
予定としては、和平交渉ではオークニー諸島は割譲させず、以後50年間ずっとノルウェーに対して大義名分を持ち続けておく作戦である。そのためにも一度占領しておくことは必要だった。

そして和平交渉

割譲させるプロヴィンスは2つだけだが、その1つが戦勝点74をも必要とするイル・ド・フランスである。アヴィニョンにとってここを失うのは大きいだろう。

前述したとおりノルウェーに対しては領土的野心はないので、痛み分けで和平を結んでおいた。

アヴィニョン戦後

1519年、新たな国王アドルファス1世が即位。

微妙。軍事はいいが、外交がねぇ。
なんだかイギリスは軍事寄りの君主ばっかり生まれてきてる気がする。

軍事能力7の国王が出たので、国の施策方針として「護送船団方式」が実施可能になる。

植民地からの収入が10%アップする。

さらに同年、統治技術が17になり新たな国策が採用可能となったので、領有する全植民地の関税収入が25%アップする「総督制度」を採用。植民地からの収入が飛躍的にアップする。

・・・

ふぅ~ようやくここまで来たか。
この国策と施策方針の効果は非常にデカイですね。これ以後、基本税や生産物などのスペックが同じ条件の場合、ヨーロッパ大陸よりも植民地のプロヴィンスの方が大きな収入をもたらしてくれるようになります。

条件が整えば植民地は最終的にかなりの利益を上げてくれますね。後の年代になると、植民地で産出されるコーヒーなどの価格が上がるようなのでもっとオイシくなるんだと思う。
ただ、そのために必要な国策や施策方針も多いので、弱小国ではここまでたどり着くのが試練だろうと思う。
地理的に、ヨーロッパで頻繁に戦争に巻き込まれるような国は陸軍が生命線なので植民向けの国家体制はとりづらいだろうし、中核州からの距離の問題で、フランスよりも東の国はそもそも植民者を送るためにはアフリカ西岸あたりを征服して、そこが中核州になるまで待たないとダメっぽい気がする。
となると、イン・ノミネではやっぱり新大陸への初期の植民はポルトガル、カスティーリャ、アラゴン、イングランドあたりの独壇場になるんじゃないだろうか?

次回へ続く



ついにこのAARも今回で20回目を迎えてしまいました。まだ100年ちょっとなのに・・・
さすがにこのペースで最後まで続けると何回分になるのかわからないので、今後はもうちょっとペースを上げていこうかなと思っています。

例えば今回分の終了間際となる1519年にはサポテカを攻めて賠償金をせしめているんですが、こういう既出のネタを繰り返すような出来事は今後は省いていくことが多くなると思います。
まあ、その分アヴィニョン戦をじっくり書いてしまったのであんま変わらないような気もしてたりするんですがね。

では。
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