ぐらもゲーム日記

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EU3 IN (ヨーロッパ・ユニバーサリスIIIイン・ノミネ) イングランドAAR 19 
カテゴリ : EU3

真の信仰とは?

前回の続き

ゲーム開始からようやく100年、その間ブリテン島を制したイングランドはイギリス統一国家を建設した。また、これまで一枚岩だったカトリックが分裂し、キリスト教世界の国々に真の信仰とは何かを再度問いかけるのであった。


1500年代初頭の状況

1504年にはユトレヒトに新たな交易中心地を開設した。
ユトレヒトはちょうどアントウェルペンとリューベックの中間に位置し、経済先進地を多く抱えるこの2大CoTの商圏を奪う形となった(白がユトレヒトの商圏)。
これ以降イギリス産の羊毛がアントウェルペンではなくユトレヒトを経由してドイツ方面に向かうようになり、フランドル地方の毛織物産業は衰退、そして経済中心地の座は次第にユトレヒトへと・・・なんてことになったら面白いんだけど、さすがにゲームなのでそうはなりません。残念。
EU5くらいではこういったあたりもシミュレートして欲しいと思う。


収入はイギリスが断トツトップ。戦争税を上手く使えばもっと増える。

イギリスは交易効率の高さが目立ちますね。重商主義MAXなので自国のCoTから商人が追い出される心配はまずありません。反面、CoTのある非中核州を持っていると国外での競争力がCoT1つあたり-15%にもなるので、他国のCoTでの商売は絶望的。イギリスの場合、国外CoTで他国の商人を追い出せる確率は1%となっています。

交易の稼ぎ方としては、イギリスのような海洋大国の場合は自国内にCoTをたくさん抱えるようになるので、自国内CoTでの競争に強くなる重商主義が良いです。もちろん商人は自国のCoTにしか送りません。
反対に小国であったり、ブルゴーニュのように国力では大国だけどCoTは1つしか持って無いような国(内陸の陸軍国が多い)は自由貿易にして他国での競争力を高めるといいですね。

このあたり、重商主義の仕組みをうまくゲームシステムに反映できてますよね。それどころか歴史的にはずっと後のブロック経済にも通じるものがあっていい感じだと思います。
重商主義の方が外交的にマイナス、とかいうルールがあればもっと良かったんですけどね。


各国軍事力。
カスティーリャが1位なんだけど、ポルトガルとの同君連合の下位構成国なので自ら宣戦布告できず、かなり目立たない存在となっている。イギリスと似たタイプの海洋国家なので人的資源は少なく、実際に戦争したらブルゴーニュやオーストリアの方が圧倒的に強いと思います。
アヴィニョンもさすがフランスを受け継いだ国だけあって、軍事大国の部類に入ると言える戦力。国家体制も陸軍向きらしく、60年前にイングランドが4プロヴィンスを奪っていなければ、国名だけアヴィニョンでほぼ実質フランスという国になっていたことでしょう。

収入でもそうなんだけど、日本が意外と上位にいるのよね。プロヴィンス数では明やヴィジャヤナガルよりはるかに少ないと思うんだけど。
イギリスは東南アジアの治安対策に雇った現地の東アジア槍兵8000も含まれてます。治安が安定したら解雇する予定


1504年、ビザンツ帝国がアテネに遷都した。首都が飛び地になったからだろう。
信じがたい愚策だ。
コンスタンティノープルこそが帝国存亡の要だというのに・・・

次は宗教関連

宗教改革の波は止まるところを知りません。当初、スウェーデンやボヘミアに向かったプロテスタント運動はすぐに西方へも波及し、各地の宗派が塗り絵的に塗り替えられていきます。
イギリスも例外ではなく、ブリテン島北部を中心にプロテスタントが拡大中。

イン・ノミネでの新教の広がり方は無印のころと比べると比較になりませんね。

1503年、イギリスの属国オランダがプロテスタントに改宗
同年、プロヴァンスが改革派に改宗

その後も改革の勢いは止まるところをしらず、遂に1506年、カトリック側も動き出す

対抗宗教改革。
リアル歴史ではトリエント公会議ってやつですね。皇帝カール5世が関与してたからなんだろうけど、皇帝輩出国(オーストリア)との友好度も向上。


対抗宗教改革を採用すると、改宗能力がかなりアップする。採用しない手はない

新王の改宗

1509年、新王ジョージ1世が即位

行政面に優れた君主のようだ。


そしてジョージ1世の即位直後、我が国を揺るがす大ニュースが隣国から飛び込んでくる。

ブルゴーニュのプロテスタントへの改宗である。

・・・

「げぇ!!!」

「キン肉マン」ばりの叫び声をあげ、国王ジョージ1世は仰天した。

やばい・・・やばすぎる。
ブルゴーニュが改宗したことでイギリスとの同盟関係は解消され、友好度は-100に。さらに、イギリスが大陸に持つ領土カレーがブルゴーニュの中核州であるため、ブルゴーニュはイギリスに対して大義名分を持つ状態。真っ先に狙われるだろうと思う。

今宣戦布告されたら、絶対勝てない。
100年間で得たものを全て失ってしまいそうだ。

ブルゴーニュと戦うとなった場合、ポルトガルとアラゴンでは恐らく役不足で、オーストリアでもぶつけなければ止められなさそうなんだけど、オーストリアとの同盟の可能性は"皆無"なので無理っぽい。下手したらアヴィニョンなどが弱みにつけ込んで宣戦布告してくる可能性もある。

つくづく、イギリスにとってブルゴーニュとの同盟が生命線であったことを実感させられた。

・・・えーい、かくなる上は、


イギリスも改宗だぁ!
宗教的情熱はまったく無く、ひとえに外交戦略である。

・・・

本当は、今回のことがなくても、最終的にはプロテスタントに改宗するつもりではあったんです。
宗教の特性として、プロテスタントの方が経済的に有利な補正が働くし、何より異教徒に対する寛容度が高いため、異教の地を支配する際の反乱率や人口増加率に違いが出てくるんだよね。

でもその反面、植民に関してはカトリックの方が断然優位で、入植者の増加ペースはカトリックの方がプロテスタントの2倍だったりします。
このように植民による領土拡大にはカトリックが優位なので、そろそろ新規の植民先がなくなって、以後のヨーロッパ国家同士の植民地戦争やアジア国家の植民地化の段階になってからプロテスタントにしようかと思っていました。



改宗前の状況。たったの9年間で、宗教改革はここまで広がっていた

改宗の後

改宗後はすかさずブルゴーニュに同盟を打診。両国とも同盟国無しの状態なので「可能性はとても高い」状態。驚いたことにカトリック国のアラゴンやポルトガルも友好度が+20くらいの状態から「可能性はとても高い」となってしまった。イベリヤ以西はもともと国が少ないので同盟に空きがある状態なのかも?カスティーリャとナバラが属国状態で独自外交できないってのもそれに拍車をかけてそうだ。
結局、改宗後1年も経たないうちに同盟関係は元のサヤに収まりましたとさ。

考えてみると、イギリスにとってみては属国の中でブラバントだけがカトリックに止まり、ナバラ、オランダ、スウェーデンは既にプロテスタントなんだよなぁ。
なので話の展開的にはこの方がプロテスタントの盟主っぽくて面白いかも?「信仰の守護者」でも名乗ってみようかしら?

・・・などと、言ってはみましたが当分はそんな余裕はとてもないわけです。

改宗時に安定度が5マイナスされて-2になるため、治安面が異常事態になる。
カトリック州は軒並み反乱発生率が6-7%に達し、毎月どこかで反乱が発生します。

この後、安定度が再び3にまで回復したのは1514年のこと。
その間ひたすら反乱鎮圧に忙殺され、宗教問題が国の一大事業であることを悟ったジョージ1世であった。

ただ、この時期は国内で急速にプロテスタントが広まった時期でもあります。
やっぱり新教の普及には時差があるみたいで、ブルゴーニュでプロテスタントが広まった時期より少し後くらいからフランスやブリテン島で「プロテスタンティズムの広がり」イベントが頻発するようになりました。
そう考えるとこの時期での改宗もそう悪くなかったのかな、と思います。カトリックのままなら植民スピードが早いわけなんだけど、それって結局プロテスタントになった後に宣教師を送って改宗させなければならないプロヴィンスが増えるってことでもあるわけだしね。このあたり、先に土地を確保するか、プロヴィンス改宗費用を惜しむか、どっちが得なのか悩みどころですね。

次回へ続く
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