ぐらもゲーム日記

ゲームのプレイ日記やレビュー、気になったゲームの紹介など

スポンサーサイト 
カテゴリ : スポンサー広告

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
カテゴリ : スポンサー広告
--/--/-- --:-- | トラックバック(-) | コメント(-)

EU3 IN (ヨーロッパ・ユニバーサリスIIIイン・ノミネ) イングランドAAR 12 
カテゴリ : EU3

西へ東へ


前回の続き

1450年代後半から1460年代前半は内政中心でした。この調子で年代を進めていきます。


意識は新大陸とアジア方面へ

この頃はヨーロッパ大陸にはあまり目を向けていませんでした。探索とかで忙しくてね。


探検隊は遂に日本にまで到達。
摂津の人口が100万っていうのはバグってないだろうか?尾張は1万2千なのに。
同じパラドゲーのVictoriaでの朝鮮人口バグ(何と朝鮮半島の人口が1桁多かったw)を思い出すなぁ
それと日本の統治体制が帝国になってるのもちょっと面白いな。

日本は九州の3分の2が明に支配されているみたいだ。過去に明に負けたんだろうね。でも今は明と同君連合を組んでて上位構成国になってるみたい。この後、1467年に日本+明連合が朝鮮+満州連合を攻めて朝鮮半島の半分くらいが日本領になってた。

1470年の図。中国の南部に朝鮮(青)が広大な領土を持っているのが腑に落ちない。何があったのだろうか?そして同様にこれまたそれなりの広さの満州領(黄土色)。なぜだ?

1464年、「救済の請願」イベントが発生

ネガティブイベントかと思ったら、政策スライダが自由農制に移動することで技術研究コストがガクっと下がった。こんなに効果の大きいパラメタだったっけ?
この少し後に政策スライダが移動できるようになったので、そこでも自由農制に移動させておいた。

今度は新大陸の方に目を向けよう。
1466年にはマヤに侵攻

首都以外をすべて割譲させて和平。こいつもサポテカと同じく1000ダカット以上も持っていた。

同じく1466年、初めて植民を行ったアイスランド東部のアークレイリがイングランドの中核州になった。そうか、植民してからようやく50年経ったのか・・・
だが、アークレイリの中核州化はあまり植民可能範囲の拡大には役立たなかった。アイルランドの方が北米には近かったんだよね。なのでアイスランドを領有したのは失敗だったっぽい。


中核州からの距離と宮廷顧問の関係で新大陸方面には開拓者を送れるところがなくなったので南方方面の中継地としてカーポヴェルデにも植民する。
成功確率99%で失敗してますが。

エドワード5世の時代(1467~)

1467年、新たな君主エドワード5世が即位

まあ普通じゃないかな。

1469年、ブルゴーニュが属国ルクセンブルクを外交併合。

同じく1469年、休戦期間が終わったので再度インカを攻める

また2500ダカット・・・
こいつ幾ら持ってるんだろう?

この戦争後には国庫が7700ダカットにまで達しました。イングランドの財政は完全に中南米のインディオ達によって成り立っております。

同年、オランダが3つめの国策として「新世界の探索」を採用。
うーん技術開発速いなぁ


今までアフリカの赤道地帯に無謀な植民を繰り返していたカスティーリャですが、ついにカナダ北東部に正解(黄色い領土)を探し当てたようです。もう少し後のことになるけど、すぐ左隣の空き地にも入植してた。さらに1471年にはポルトガルも2つめの国策として新世界の探索を採用し、画面右上の島に入植する。

1471年、再びアステカに宣戦布告。
前回アステカと戦ったのは1455年なので、5年間の休戦期間後もしばらく放置してたことになります。実は時間が経てばまた前回みたいにたんまり金溜め込んでないかなぁ~という下心があったんだけど、今回は175ダカットしか持ってませんでした。う~んやっぱ5~60年くらいかけないとそれなりの金額にならないみたいですね。
ということで、アステカからはもうこれ以上むしり取れそうもないのでさくっと併合。メキシコの金山と交易中心地をゲットする道を選択しました。

そしてこの年、エドワード5世が崩御。わずか4年、あっという間の治世でした。

エドワード6世の時代(1471~)


新たに即位したエドワード6世はかなり筋肉質な君主のようです。
戦争くらいしか取り柄が無さそうなので、ガンガンいこうぜってことですかね?

次回へ続く。
関連記事
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。